はじめに
日本の通信インフラを支える国内最大手「日本電信電話(NTT)」。高配当株としての安定性と、次世代ネットワーク「IOWN構想」への挑戦という二つの側面を持つ興味深い企業です。今回は、NTTの投資価値、最新決算の分析、そして将来の成長戦略であるIOWN構想について徹底解説します。
第1部:高配当株としてのNTT分析
基本情報・プロフィール
- 銘柄コード: 9432
- 企業名: 日本電信電話株式会社(2025年7月1日より「NTT株式会社」に社名変更予定)
- 業種: 情報・通信業
- 上場市場: 東証プライム
- 単元株数: 100株
- 株価: 154.2円(2025年5月16日終値)
- 時価総額: 約14兆円(通信業界最大手)
- 日経平均採用銘柄: 採用(225銘柄)
NTTは、NTTドコモ、NTT東日本、NTT西日本、NTTデータグループなどを傘下に持つ総合ICT企業です。国内通信インフラの中核を担う企業であり、政府が株式の約35%を保有しています。2023年には1:25の株式分割を実施し、個人投資家にも投資しやすい価格帯となりました。
配当関連指標
- 配当利回り: 3.44%(予想)
- 年間配当金: 5.2円(2025年3月期実績)
- 配当予定: 5.3円(2026年3月期予想)
- 配当性向: 43.47%
- 連続増配: 14期連続で増配継続中
- 権利確定月: 3月(期末)、9月(中間)
NTTは安定的かつ持続的な配当を重視する経営方針を掲げており、14期連続で増配を続けています。2025年3月期の配当は前期比0.1円増の5.2円、2026年3月期も0.1円増の5.3円を予定しており、株主還元を重視する姿勢が明確です。
財務分析
直近決算(2025年3月期)のポイント
- 売上高: 13兆7,047億円(前年比+2.5%)
- 営業利益: 1兆6,496億円(前年比-14.2%)
- 当期純利益: 1兆円(前年比-21.8%)
- ROE: 9.97%
- ROA: 3.35%
- 自己資本比率: 34.0%
- PER: 12.3倍
- PBR: 1.25倍
2025年3月期は増収減益となりました。しかし、2026年3月期は営業収益14兆1,900億円(前年比+3.5%)、営業利益1兆7,700億円(前年比+7.3%)、当期純利益1兆400億円(前年比+4.0%)と増収増益を見込んでいます。
第2部:総合ICT事業と地域通信事業の減益理由
2025年3月期の減益の主な原因は、2つの主要セグメントである「総合ICT事業」と「地域通信事業」の不振です。それぞれの減益要因を詳しく見ていきましょう。
総合ICT事業(NTTドコモなど)の減益要因
- 携帯電話料金の競争激化
携帯電話市場での競争が激化し、特に料金プランの値下げ圧力によって収益が圧迫されています。NTTドコモのARPU(1契約あたりの月間平均収入)は2024年3月期に70円減の3,980円となり、2025年3月期はさらに30円減の3,950円を見込んでいます。 - 顧客基盤強化のための先行投資
NTTドコモは顧客獲得・維持のために積極的な投資を行っており、この先行投資が短期的な利益を押し下げています。島田明社長は「顧客基盤を強化する投資を行ったことも利益の押し下げ要因になった」と説明しています。 - 新サービス開発コストの増加
「Lemino」などの新サービス展開や生命保険・自動車保険などへの事業拡大に伴う投資コストが増加しています。
地域通信事業(NTT東日本・NTT西日本)の減益要因
- 固定電話需要の構造的減少
固定電話の需要減少が続いており、地域通信事業の基盤が縮小しています。 - システム更改・セキュリティ強化のための投資
大規模システム更改によるオペレーション効率化やセキュリティー強化のための先行投資が増加しており、これが短期的な利益を圧迫しています。 - 能登半島地震の影響
2024年に発生した能登半島地震により、固定通信系の設備の復旧費用がかさみ、追加コストが発生しています。 - ユニバーサルサービスの維持コスト
NTT法により、採算性の低い地域でも全国一律のサービス(ユニバーサルサービス)提供が義務付けられており、この維持コストが経営を圧迫しています。
これらの減益要因は一時的なものと、構造的なものが混在しています。NTTは将来の成長に向けた投資を積極的に行っており、中長期的にはこれらの投資が実を結ぶことが期待されています。
第3部:将来の成長戦略 - IOWN構想の詳細
NTTの未来を切り拓く最大の成長戦略が「IOWN構想」です。この革新的な取り組みについて詳しく見ていきましょう。
IOWN構想とは
IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想は、NTTが2019年5月に発表した次世代の情報通信基盤に関する革新的な構想です。従来の電子技術(エレクトロニクス)から光技術(フォトニクス)へのシフトを目指し、「低消費電力」「大容量・高品質」「低遅延」という革新的な特性を実現する情報通信基盤の構築を目標としています。
IOWN構想が生まれた背景
- 情報量の爆発的増加:IoTデバイスの普及により、ネットワークを流れるデータ量が急増しています。
- 電力消費の限界:現在の電子技術では、処理能力を高めるほど電力消費が増加し、持続可能性の観点で限界に達しつつあります。
- インターネットの構造的制約:現在のインターネットは「できるだけ多くの機器を接続する」という考え方で設計されており、低遅延や確実性が求められる用途には最適ではありません。
IOWN構想の3つの主要技術分野
1. オールフォトニクス・ネットワーク (APN)
光信号のままで伝送・交換処理を行うネットワークを実現する技術です。
- 目標数値:
- 電力効率100倍(低消費電力)
- 伝送容量125倍(大容量・高品質)
- エンド・ツー・エンド遅延1/200倍(低遅延)
この技術により、遠隔手術のような生命に関わる重要通信も安定して提供できるようになります。
2. デジタルツインコンピューティング (DTC)
実世界のあらゆるものをサイバー空間上にデジタルで再現し、未来予測や最適化を行う技術です。
- 応用例:
- 都市全体のシミュレーションによる災害対策
- 人間の身体のデジタルツインによる個別化医療
- 交通システム全体の最適化による渋滞解消
3. コグニティブ・ファウンデーション (CF)
あらゆるICTリソースを一元的に管理・制御する基盤技術です。業界や地域の垣根を越えたリソース連携を可能にします。
開発ロードマップと進捗状況
- 2021年:リファレンス方式の策定開始
- 2024年:仕様確定
- 2025年頃:初期的なサービスの提供開始
- 2030年:IOWN構想の本格実現
特に光電融合デバイスの開発では、以下のようなステップで進めています:
- 2025年度以降:ボードレベルでの光電融合デバイスの実装
- 2028年度以降:チップ側近(チップレット)での光電融合デバイスの実装
- 2032年度以降:チップ内への光の実装
国際連携と普及活動
NTTは2020年1月、インテルコーポレーションとソニーとともに「IOWN Global Forum, Inc.」を設立し、IOWN構想の実現と普及に向けた活動を行っています。2024年時点で70を超える企業や大学がこのフォーラムに参加しており、光電融合技術の研究開発や分散コンピューティング技術の開発などで協力しています。
IOWN構想が実現する社会
- カーボンニュートラルへの貢献:超低消費電力技術による大幅な電力削減
- 次世代モビリティの実現:自動運転や空飛ぶ車などの革新的な交通手段
- 医療革命:遠隔手術や個別化医療の普及
- 防災・減災:精密なシミュレーションによる災害予測と対策
- 快適なデジタル生活:充電を意識せずにスマホを使い続けられる、オンラインゲームの更新が一瞬で終わるなど
投資判断とまとめ
NTTの投資価値
NTTは、「安定した高配当」と「将来の成長可能性」という二つの魅力を併せ持つ銘柄です。
強み
- 通信インフラを保有する安定した事業基盤
- 政府出資による信用力の高さ
- 長期的な技術開発力とIOWN構想による成長戦略
- 安定した配当政策と長期連続増配実績
弱み
- 国内市場の成熟による成長鈍化
- 政府規制による事業制約の可能性
- 設備投資の負担が大きい事業構造
投資判断
現在のNTTは、短期的には総合ICT事業と地域通信事業の減益により業績面で課題を抱えていますが、これらは将来への投資という側面も持っています。長期的にはIOWN構想という革新的な技術開発が成長ドライバーとなる可能性があります。
現在の株価水準(154.2円)は、PER 12.3倍、PBR 1.25倍と割高感はありません。3.44%という配当利回りは、低金利環境下において魅力的な水準と言えるでしょう。
長期投資家にとっては、安定した配当収入と将来の成長可能性を併せ持つバランスの良い投資先と言えます。特に、IOWN構想による長期的な成長戦略に期待する投資家にとっては、現在の株価は魅力的な買い場である可能性があります。
短期的な業績変動に左右されず、NTTの長期的な技術力と事業基盤を評価する投資家にとって、NTTは検討に値する高配当銘柄と言えるでしょう。
投資は自己責任で行ってください。本記事は投資勧誘や推奨を目的としたものではありません。